“Save the 下北沢”で街頭署名をやっていると、
ニコニコしながらカンパをくれるダンディな人がいた。
それも一度だけではなく通りかかるたび。
僕は東さんとそんな風に知り合い、
いつの間にかLADY JANEで飲む機会もできていった。
始まりはまさに路上。
アエラのデザインをやっていた凄腕のデザイナーだということを知ったのは、
だいぶ後になってからだった気がする。
8月に彼が倒れた直後に、僕が稲生座でライヴをやる時、
「ハッピーエンドを蹴飛ばして」を歌おうとしたら、
どうしても彼のイメージが曲と重なるようになってしまった。
そんな気持ちで10月8日の雑居祭でこの歌を歌った時に、
最も鋭い反応を示してくれたのがLADY JANEの大木さんだ。
その晩に今回の催しでこの歌を歌うように、と言われ、偲ぶ会に臨んだ。
会場は120人ほどの大盛況。
20代は数えるほどで、一番多いのは東さんと同年代の60代の方々だ。
大半はトークで、僕以外の演奏は、
ピアノ、チェロ、ヴァイオリンのアンサンブルという格調高い雰囲気だ。
しかし会が始まる前に東さんの奥さまに
「僕と東さんの接点は町への愛情だったので、そうしたパフォーマンスをさせていただきます」と挨拶させていただいた時点で、
腹は括っていた。
一曲目に「ハッピーエンドを蹴飛ばして」を始めると、
手拍子がわき、歌詞の一節ごとに「そうだ!」「その通り!」という相槌が入る。
ここまで歌詞を一生懸命聴いてもらえるという実感は、そうそうあるものじゃない。
二曲目は山口富士夫のカヴァーで「皆殺しのバラード」。
江戸アケミの追悼ライヴで富士夫さんが、この曲を歌った時のことは今でも良く覚えている。久々にCDを聞き直してみたら、上手そうに聴かせようという作為のカケラもない富士夫さんの歌い方は、壮絶にかっこ良かった。
しかもこの歌詞が今の下北沢の状況にあまりにもぴったりなのだ。
僕らもまた歴史の中にいるということか…。
かなりきつい言葉が飛び出す歌なので、スタッフのブッチさんは「本当にやっちゃうの?」と危惧していたが、ドッカ〜〜ン!!!!
三曲目「光の中へ」では、
僕の演奏直前にトークで登場した「守れシモキタ!行政訴訟の会」で大活躍中の弁護士、石本伸晃さんが合いの手で加わる。
石本さんと二人で「守れ守れ」「アモーレ下北」の連呼でステージをしめた時は、
“Save the 下北沢”の仲間が大爆笑している。
おいおい、笑ってないで一緒に連呼しろよ(笑)。
ということで、無茶苦茶ハードコアな弾き語りだったけれど、
やるべきことを迷い無くやり遂げた充実感を味わっている。
「ハッピーエンドを蹴飛ばして」は、なんだか特別な曲に育ってしまった。
僕自身もステージのやり方で大きな糧を与えていただいた。
松崎さんのお通夜といい、今回の偲ぶ会といい、
僕のパフォーマンスは、つくづくこの街に育ててもらっているんだなと実感する。
打ち上げでは感極まって大木さんに抱きつくオレ(笑)。
当然のごとく朝をLADY JANEで迎え、30時に帰宅。
この日のことは決して忘れません。
東盛太郎さん、安らかに眠って下さい。