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★2016年10月20日(木)
新宿Live bar∞Strength
志田歩弾き語りソロ
C/W 星野裕矢、ウルル順、柴田健斗、Maasya、too,two


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    9月3日以降の「あまちゃん」について思うこと
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      最近の「あまちゃん」について気がかりなことがある。

      東日本大震災のところを放送した9月2日までは、
      毎日「次はどうなるのか?」と惹き付けられていたのだが、
      それ以降の展開には、違和感を感じている。

      全国的な盛り上がりを知っているだけに、偏屈な意見を述べて不評を買ったりするのは正直いって億劫だったり憂鬱だったりするのだけれど、
      だからといって沈黙を守っているうちに言いたいことも言えない世の中になってしまうのは、さらに嫌なので、やっぱりこの場で書いておくことにする。

      違和感の理由ははっきりしている。

      「あまちゃん」の中では地震、津波という言葉は出てきても、原発、放射能というキーワードは浮上せず、それにも関わらず風評被害という言葉が出てくるので、チグハグな印象を受けるのだ。

      9月2日より前の放送分ではそんな違和感は自分にとってはかけらもなかった。
      例えば天野アキとGMTの合同ライヴの日にちが、
      2011年3月12日に設定されているのを知った時、
      残酷な運命にヒリヒリとした想いを胸に抱いたのは、決して僕だけではなかったと思う。

      僕は以前からクドカンこと宮藤官九郎の脚本は、けっこう楽しんできたくちだ。
      例えば「うぬぼれ刑事」は、玉置浩二がTOKIOの歌う主題歌「NaNaNa (太陽なんていらねぇ)」を作詞作曲したといういきさつからチェックしたのだが、
      一度見ただけで見事にクドカンの術中にハマってしまい、「あまちゃん」でも活躍している薬師丸ひろ子や小泉今日子の起用の仕方なども、僕はおおいに楽しませてもらった。

      クドカンのバンド、グループ魂の破壊的なギャグのセンスも僕は大好きだし、
      他にもロックの文脈では、2009年6月26日、下北沢CLUB251で、SDRというバンドのライヴに、クドカンがサプライズで登場した時も喝采した記憶がある。
      SDRというバンドは、アナーキーの仲野茂が、ユニコーンのEBIの他、名越藤丸、内藤幸也と結成した四人組。 ひと言で言ってしまえばパンク・スピリットを体現するバンドである。

      「あまちゃん」の中でも、こうしたクドカンのパンク好きな資質は小ネタとしてしばしば発露されており、ストゥージズの「サーチ・アンド・デストロイ」を和訳するとドラマの中で天野アキがキャラクターに起用された子ども番組のタイトル「見つけてこわそう」になることなどは、自分の弟(=パンク・バンド児来也のフロント)との会話でも、盛り上がったりするほどだった。
      なによりも9月2日以前の「あまちゃん」におおいに刺激され、「木更津キャッツアイ」を全巻借りるほどクドカン熱が高まっていたのは、つい最近のことだ。

      でもね、「あまちゃん」がああいうノリになった直後、クドカンが2020年東京五輪開会式の総合演出に名乗りを上げたというニュースには、意表を突かれた。

      おいおい、そっち行くんかい?

      まぁ、ベルリン・オリンピックのやばさとそれを記録したレニ・リーフェンシュタールによる映画「オリンピア」への評価は別にすべきだ、というような意見に対し、僕自身は肯定的でありたいと思っている立場なのだけれど……。

      とはいえ、安倍晋三がプレゼンで大ウソこいて、その結果勝ち取った東京オリンピックである。


      2020年に東京でオリンピックをやるということは、「もう日本は原発事故の心配はしなくて大丈夫ですよ」というイメージを拡散し、それを前提にした上での経済状況を生むことになっていくわけですよね?

      我ながら情けないとは思うけれど、こうした動きの余波でテキストやキャッチコピーなどの仕事が回ってきた場合に「ノー」といえる自信は、仕事が減りまくって困っている今の自分にはない。
      被災地の復興のためには、それ位のスケールで世界中から金をかき集める必要もあるのかも知れない。
      またNHKというでかいメディアを舞台にした話であるが故に、様々なプレッシャーと甘いワナが、クドカンに押し寄せてきているかも知れないと考えるのは想像するに難くない。

      そうした意味では、「あまちゃん」に脱原発のプロパガンダを期待するのは勝手な願望だろう、というわきまえくらいは自分にもある。
      そしてもちろんクドカンのライフ・スタイルを選ぶ権利は、彼自身にある。

      だがしかし!

      9月2日以前の「あまちゃん」にあったテンションが失われたことを嘆く位のささやかな自由は、いち視聴者として確保させてもらいたいとも思う。
      今のところ、僕の感じているような違和感を公式に表明している人は、少なくとも自分が関知している限りではほとんどいない。
      むしろ「あまちゃん」の盛り上がりに水を差すのがはばかられるような機運があるのではないか?
      僕はそんなふうに物騒な気配を感じてしまう。

      というのも、今はちょうど国の機密情報を漏らした国家公務員らへの罰則を強める特定秘密保護法案みたいなものが出てきているタイミングだからだ。

      杞憂であればいいけれど、この法律が現実のものとなったら、運用の仕方によっては、オリンピック誘致という国策に逆らうような、放射能の危険性にまつわる言説を強制的に封じ込めるようなこともあり得るように思う。

      そのさきがけみたいな形で「『あまちゃん』にいちゃもんを付けるような輩は駆逐すべし!」みたいな空気が蔓延することを、僕は危惧してしまう。

      仲野茂がデビューしたバンドの名前がアナーキーだったことから、強引に話を繋げさせてもらうと、大正時代のアナーキスト大杉栄の言葉で、僕が大好きな言葉がある。

      「思想に自由あれ。しかしまた行為にも自由あれ。そしてさらにはまた動機にも自由あれ」

      これは政治のフィールドで実践されたらはた迷惑極まりないテーゼだと思う。
      だがその一方で、クリエイターが作品を創る現場では、死守して欲しいテーザだとも思っている。

      だからこそ、クドカンの発するメッセージに勝手に共感してきた自分は、9月2日以降の「あまちゃん」に「そっちに行っちゃって良いの?」って言いたいんだよ!
      星野裕矢の音楽のように、まったく何の見返りも関係無しに、作品そのもので心酔させて欲しいんだよ!
      おそらく僕はこれからも最終回まで「何かやらかしてくれるんじゃないか?」と祈るような気持ちで、「あまちゃん」を見ていくことになるのだろう。
      要するに「『あまちゃん』の作者、クドカンはアマちゃんじゃないぜぃ」と思いたい自分はいまだにいる、ということ。

      僕は今、52歳だ。

      自分のメンタリティとしては30代のまま、まったく成長していない(苦笑)ので、
      どうにも実際の年齢には実感がつかめていないのだけれど、
      さすがに「あんちゃん」とか「お兄さん」と呼んでもらうのには「物理的に無理があるなぁ」と感じ始めていた。
      でもこのテキストを公にしようと思ったら、ちょっと踏ん切りがついた。

      だってさぁ!!
      そもそも近代以降の経済の発展っていうのは、
      信用創造という形で次の世代にツケを回しても
      「経済成長によってそれを返していけるから大丈夫だよ」ってことで進んできたわけでしょ?
      ということは「廃棄物の処理その他の厄介ごとの処理は次世代以降の諸君よろしく!」という原発というシステムも、決してアクシデントとかハプニングで生まれたものではなく、貨幣経済の発展の必然として生まれたものなんだよ。

      だからこそ、3・11を教訓として、脱原発を現実のものとしていくためには、
      “貨幣経済の成長の原動力を見直すような価値観の転換”が必要なのであって、
      今、この時代に生きている世代としての使命は、
      近代以降(人類の歴史から考えたらほんのわずかな時間に過ぎない)の貨幣経済の価値観のパラダイムを更新することにあるのではないか、と思ったりするわけですよ。

      そう思ったら頑固でちっぽけな自分の自意識にも多少の変化が生まれた。
      もう今後は「偏屈な下北沢のくそじじい」でかまわないから、
      好き勝手な言説を吐くささやかな自由を確保させて欲しい。

      約束しようか?

      今後はライヴの現場で「くそじじい!」と呼んでくれたら、
      「愛してるぜ!」って返すことにするよ。

      ほんと〜にいろいろとやっかいなことばかりだけど……本気だぜ。


      以下は今後の自分のアクションの情報です。

      ●9月15日(日) ピュアロード フリーマーケット
      次の日曜日に行われる下北沢ピュアロードのフリーマーケットでは、13時から14時頃にかけてのうち、約30分程度の時間、メインステージに自分が立ち、弾き語りを軸に劇団ほぼ無職の劇団員などの協力も得ながら、“SHIMOKITA VOICE 2013”の告知パフォーマンスを行います。もちろん路上のパフォーマンスなので無料!
      「カウンターの中で」もお届けする予定です。

      SHIMOKITA VOICE 2013 初日
      9月29日(日) 下北沢 成徳ミモザホール(成徳高等学校内)
      昼の部 資料代500円 *予約不要 12:30〜
      シンポジウム&パネルディスカッション「区長と語るシモキタの今、未来」
      保坂展人(世田谷区長)、服部圭郎(明治学院大学教授)、國分功一郎(高崎経済大学准教授・哲学者)、金子健太郎(下北沢あずま通り商店街会長・金子ボクシングジム会長)、伊藤隆允(代沢住人)

      夜の部 前売り2000円 当日2500円
      16:30〜 朗読劇「しもきたなみえ」
      17:20〜 劇団ほぼ無職 「バーレスQ〜シモキタ駅前伝説」

      芝居のチケットのお求めは、劇団ほぼ無職(岩井)090-9099-6253 yuukiiwai@mushoku.net
      あるいは志田までお願いします。










      posted by: 志田歩 | 雑記 | 02:52 | comments(10) | trackbacks(0) | - | - |
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        posted by: スポンサードリンク | - | 02:52 | - | - | - | - |
        「あまちゃん」はほとんど見たことなかったんだけど、今の日本の現実とシンクロしているようだったので、震災や原発事故のことをどう描くのかという興味があって、最近ちょっと見た。けど、がっかり。肝心なものは何もなかった。
        9/21にそっちに行くのでよろしく〜。
        | QRE | 2013/09/13 4:39 AM |
        全くその通りですね。志田さんらしいいい文章だと思います。じゃんじゃん発信してください。お芝居の成功祈ってます。今度会ったら、「愛してるぜ!」って言ってください!
        | 小林亮太 | 2013/09/13 6:01 AM |
        QREさんお久しぶり!
        お会いしたいですね〜。

        小林亮太さん 愛してるぜ!(笑)
        | shida | 2013/09/13 8:30 AM |
        爺の自覚を持つのは大事ですぜ。かっけー爺になりましょうや。
        | 桑爺 | 2013/09/13 9:39 AM |
        桑爺さま、恥ずかしながらようやく気が付きました。
        | shida | 2013/09/13 10:07 AM |
        とおりすがりに見たものですが、オリンピックの記事は、クドカンさんご本人が「完璧なねつ造記事」と日記に書かれていますよ。http://otonakeikaku.jp/special/special_kudo.html
        | 通りすがり | 2013/09/18 1:32 PM |
        通りすがりさま
        ありがとうございます!
        facebookのコメントでもコメントをご紹介させていただきます。

        自分が物騒な気配を感じているのは「あまちゃん」の人気の凄さとオリンピック招致がリンクされて、両方とも“不満を表明しにくい対象”になってしまいそうな気配と、特定秘密保護法案というトピックが、ほぼいっしょに浮上するところなんだと実感しています。

        自分自身も“そのとき偶然にも「東京に置かれた者」”のひとりとして、3・11の後の、非日常的な緊張にずっとさらされ続ける感覚は体感したので、その気配がドラマの中で東京にいる人々から伝わってこないのは、不自然で作為的に感じます。

        ただ、ふと思ったのですが、
        ひょっとしたらクドカンは意図的にNGワードを強調するようなやり方で、こうしたボヤキが浮上することを狙ったのかも知れません。

        かつてビブラストーンが“不自然なくらい目立つ信号音”で“不適切とされる語句”を強調したのと同じように、あえて“不自然なくらい目立つ避け方”で“不適切とされる語句”を、裏返しで浮上させたのではないか……。

        今日の放送分の鈴鹿のセリフのテンンションの高さからは、そんな深読みもしたくなるというもの。いずれにせよ、今後どうなっていくか、楽しみつつチェックしていこうと思います。

        クドカンにインタヴューしたいなぁ!
        | shida | 2013/09/18 4:19 PM |
        志田くんがNHKを見ていたのは驚きです。NHKは、かつて、従軍慰安婦に関する国際法廷の放送で、安部におどされて、内容を変更した汚い放送局です。私はそれ以来、NHK受信料を払うのをやめ、テレビを捨てました。
        | 白石竜一 | 2013/10/15 3:11 AM |
        白石さん
        お久しぶり、ハードコアですね。僕は親しい友人が何人もNHK内部で頑張っているためか、そこまでの嫌悪感はありません。
        また「あまちゃん」については、クドカンへの興味に加え、音楽を担当していた大友良英さんは、1990年に「三里塚原野祭」という自分も出演したイヴェントで初めて演奏を見て驚愕。
        その後SHIMOKITA VOICEの現場で、シモキタ問題へのエールをずっと億って下さっているのに加え、「あまちゃん」のサントラのレコーディングには、志田歩&Teazer
        のベーシストも参加しているなど、関心を持つきっかけが重なったため、毎日録画して見逃さないようにしていたのでした。
        | shida | 2013/10/15 11:52 PM |
        町山智ひろ、という評論課がいで、在日韓国人でアメリカで活躍しているらしいのですが、やはり「あまちゃん」をほめたたえていて、それって、自分達はばかにした日本国政府に加担しているのではとなんともツイッターしたのに、すべて無視されました。自宅にテレビがないので、「あまちゃん」ブームはまったく理解不能です。
        | 白石竜一 | 2013/10/17 2:07 AM |









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